少し前から気になっていました。
すばらしいと思います。
マルクス、エンゲルスの思想
共産主義
マルクスとエンゲルスは、1847年に設立された共産主義者同盟の綱領の起草を委託され、1848年に『共産党宣言』を書いた。人類の歴史を階級闘争の歴史とし、近代社会をブルジョアジーとプロレタリアートの対立によって特徴づけた上で、プロレタリアートによる政治権力の奪取を呼びかけた。政治権力を奪取することで民主主義を実現し、生産手段を社会化することによって階級闘争の歴史を終わらせれば、階級支配のための政治権力も死滅する、と論じた。
マルクスは1864年に設立された国際労働者協会の創立宣言を書いた。1871年にフランスでパリ・コンミューンが成立すると、国際労働者協会総評議会の全協会員への呼びかけとして『フランスの内乱』を書き、パリ・コンミューンを「本質的に労働者階級の政府であり、横領者階級にたいする生産者階級の闘争の所産であり、労働の経済的解放をなしとげるための、ついに発見された政治形態であった」と称賛した。エンゲルスは1891年に発行されたこの著作のドイツ語第三版の序文で、パリ・コンミューンをプロレタリアート独裁の実例とした。
ドイツの労働者政党の綱領草案に対する批判として1875年に書かれた『ゴータ綱領批判』において、マルクスは共産主義社会を低い段階と高い段階に区別し、低い段階では「能力に応じて働き、労働に応じて受け取る」、高い段階では「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」という基準が実現するという見解を述べた。また、資本主義社会から共産主義社会への過渡期における国家をプロレタリアート独裁とした。
唯物論的歴史観(唯物史観)
マルクスはヘーゲル左派として出発し、1840年代に起こったヘーゲル左派の内部論争の過程でヘーゲルの観念論やフォイエルバッハの唯物論を批判しつつ独自の唯物論的歴史観を形成した。法律や国家の基礎にあるのは経済だとする見方であり、以後彼は経済学の研究に集中することになった。その成果となった1859年発行の『経済学批判』の序文において、彼は唯物論的歴史観を一般的に次のように説明した。
生産力の発展に対応する生産関係が社会の土台である。
この土台の上に法律的・政治的上部構造が立つ。土台が上部構造を制約する。
生産力が発展すると古い生産関係は桎梏に変わる。そこで社会革命が始まり、上部構造が変革される。
生産関係の歴史的段階にはアジア的、古代的、封建的、近代ブルジョア的生産関係がある。
近代ブルジョア的生産関係は最後の敵対的生産関係である。その終わりとともに人間社会の前史も終わる。
ここで書かれたものが一般に唯物史観の公式と呼ばれる。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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